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今、気になったことをバカがバカなりに語っていく!

シダックス・カラオケ店大量閉店ナゼ?その理由は?カラオケとは何?

   

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今や市場規模は4000億円とも言われている老若男女愛されてきたカラオケ業界に8月31日に大きな衝撃が走りました。

カラオケチェーン大手のシダックスが2016年8月末からの一か月間で最大80店舗の閉店をするとこがわかりました。

8月31日が最後の営業となったシダックス渋谷店では長年通っていたファンの姿が・・・

  • 今日行くしかない ここめっちゃ使ってた分 どうしよう この先っていう シダックスありがとう!(20代・女性)
  • (シダックスは)最高です。雰囲気が部屋の中が最高です。清潔・サービスがいい・応対がいい・食べ物がいい。本当に寂しいですよね。楽しい思い出しかありません。(60代・男性)
  • 最後という意味合いでサラ・ブライトマンの”タイム・トゥ・セイ・グッバイ”を・・・お世話になりました。ありがとうございました。(20代・男性)

ファンから絶大な支持を受けていたにも関わらずナゼ大量閉店という事態に陥ってしまったのか?

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カラオケ評論家による分析

カラオケにも評論家っているんだってのは置いておいて・・・

カラオケ人口そのものは2000年から15年くらいあまり変わっていないと日本で唯一のカラオケ評論家であるオールアバウトガイド唯野奈津美さんは言います。

だが、中身の質が変わってきている。

車とか大人数で集まるとかそういった使われ方が最近のカラオケでは減ってきているのが要因の一つかなと思います。

と分析していました。

ヒトカラの登場

日本人のライフスタイルの変化によりカラオケの目的が大人数でワイワイ派より少人数でじっくり派に変化しているようですね。

その象徴が「ヒトカラ」というものです。

ヒトカラとは?

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「ひとりでカラオケの」のこと

1人でカラオケってどないやねんと筆者は最初思いましたが実際に行ってみるとコレがまた実にいいんです。

周りを気にせずに自分の好きな曲(流行り何てシラネ)が歌えるし、音痴だろうが下手だろうが関係ない、人目を気にしないのでなりきって歌える、これぞストレス発散だということですね。

大人数でワイワイするのもいいですが、新年会とか忘年会や歓送迎会などでいいですね。

ヒトカラが登場した当初は料金が割高とか混む時間帯以外が当たり前でしたが、今となってはヒトカラ専門店がオープンして「え?ひとりでカラオケwww」みたいに被害妄想をすることなく利用できる。

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最上級の部屋ではオートロック、クローゼット、冷蔵庫、重厚なソファなど、さながらホテルの一室かと思うほどです。

ホントとシャワーとベッドがあればビジネスホテルと変わらないですね。

カラオケの歴史

カラオケ人口は今や約4750万人と言われてます。

ちょっとその前に「カラオケ」ってなんの略か知っていますか?

「空のオーケストラ」略して「カラオケ」です。

カラオケの語源を知らない人は結構いるそうです。

すみません筆者も実は調べて知りました・・・。

そして日本発祥の文化でもあります。

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カラオケの生みの親と誕生秘話

カラオケの生みの親は井上大祐さん(76)という方です。

井上大祐さんって誰?って思う人多いと思います。

筆者もその一人です。

井上大祐さんって誰?

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でも、この方すごい人なんです実は米国のタイム誌「20世紀最も影響力のあったアジアの20人」に選ばれた方で「イグ・ノーベル賞」平和賞受賞もしているんです。

イグ・ノーベル賞は置いといて、この時の「20世紀最も影響力があったアジアの20人」では、学校の教科書に出てくる「ガンジー」や「毛沢東」が入っています。

本誌では、ガンジーや毛沢東はアジアの昼を変えたとするならば井上大祐はアジアの夜を変えたと言われています。

イグ・ノーベル賞とは?

イグノーベル賞(イグノーベルしょう、英: Ig Nobel Prize)は、1991年に創設された「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるノーベル賞のパロディーである。

(引用:Wikipedia)

カラオケの誕生秘話

時は1971年、日清食品がカップヌードルを売り出して爆発的ヒットをした年、ナイトクラブのバンドマンだった井大祐さんに、お客から社員旅行の出張演奏の依頼を受けました。

しかし、ほかの仕事のため出張はできないので「伴奏だけを入れたテープを作成」してお客に渡したところ、これが大喜びされた!

それをきっかけにひらめいて現代のカラオケの原型となる「8トラック(通称・8トラ)」を開発し、これをスナックなどにレンタルし大ヒットとなりました。

ですが、大ヒット商品を発明したにも関わらず井上大祐さんは特許を取得していないんです。

もし特許を取得していたら「100億円」とも言われていますが、日本では4750万人、今では世界でもカラオケが浸透していますので100億円以上の価値があったでしょうね。

でも、井上大祐さんが特許を取得しなかったことで、これだけのカラオケが広まったとの見方もあるますね。

まさに「アジアの夜を変えた男」、近い将来「世界の夜を変えた男」と呼ばれる日が来るかもしれませんね。

カラオケ年表

  • 1982年 レーザーディスクカラオケ登場
  • 1985年 コンテナの「カラオケボックス」登場
  • 1992年 通信カラオケ(ジョイサウンド、ダム)登場

通信カラオケの登場で爆発的ヒットをしましたね。

忘れもしない学生時代、今は新曲でもすぐに歌うことができますが、当時は新曲待ちをしていました。

筆者もその一人です。ジョイサウンドにはあってダムにはない曲とかあって、店を選ぶより機種を選んでましたね。

1992年のヒットソング売上ベスト10

1992年は、ほかにもたくさんの名曲がありますが切りがないので当時ベスト10だけにします。

順位 曲名 歌手名 売上枚数
1位 君がいるだけで 米米CLUB 276.2万
2位 悲しみは雪のように 浜田省吾 170.3万
3位 BLOWIN’ B’z 168.0万
4位 それが大事 大事MANブラザーズバンド 155.8万
5位 涙のキッス サザンオールスターズ 152.3万
6位 ガラガラヘビがやってくる とんねるず 140.9万
7位 もう恋なんてしない 槇原敬之 138.6万
8位 if CHAGE&ASKA 108.3万
9位 PIECE MY WISH 今井美樹 108.2万
10位 浅い眠り 中島みゆき 102.0万

このほかにも、世界中の誰よりきっと(中山美穂&WANDS)、少年時代(井上陽水)、離したくはない(T-BOLAN)、何も言えなくて…夏(JAYWALK)などヒット曲だらけの時代でしたね。

まとめ

如何だったでしょうか?

カラオケは大人数でワイワイ騒ぐものから少人数でじっくりになり今ではひとりで気楽にが当たり前のようです。

一気に変わるのではなく徐々に時代は変化していますが、日本大手のカラオケ店シダックスでも時代の流れを見誤ると今回のような大量閉店にまで追い込まれるんですね。

年齢によってはシダックスで青春時代を過ごした人も多いと思うので、このまま閉店が相継がないようにシダックスには頑張ってほしいですね!

 

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