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母の日の由来とは?定番プレゼントのカーネーションはもともと・・・

   

毎年5月のイベントと言えばゴールデンウィークですが、そのあとにもう一つのイベント「母の日」があります。

2016年の「母の日は」5月8日の日曜日です。

この時期になると街の至る所に「母の日」のポスターやのぼりが掲げられるようになります。

もうそんな時期かと思う中「今年は何をあげようかな?」と迷う方も多いと思います。

定番はカーネーションですが毎年同じだとちょっと味気なく感じてしまうかもしれませんね。

でも、なぜ「母の日」にカーネーションを渡すのでしょうか?

その本当の意味を知っているか知っていないかで味気なく感じてしまう気持ちも変わると思いませんか?

今回は「母の日」に定番のカーネーションをプレゼントするべきか迷った時の参考になればと思いまとめてみました。

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『母の日』の由来とは?

いろいろと調べてみると、「母の日」は古代ローマ時代に神々の母リーアに感謝する春祭りからという説と17世紀のイギリスで行われていた「復活祭(イースター)」の40日前にあたる日曜日を「マザーズ・サンデー」として母親と過ごすために出稼ぎ労働者を里帰りさせていたことに由来する説があります、しかしどちらもあくまで説なので確実ではありません。

ですが、母親を大切にする気持ちは今も昔も世界共通で変わらないのですね。

カーネーションを贈るきっかけとなった以前の「母の日」とは?

今から100年以上前の話ですが、アメリカで南北戦争終結直後の1870年に、ある女性参政権運動家が夫や子供を戦場に送ることを絶対に拒否しようと平和と非武装を訴えるため「母の日宣言」を発しました。

その女性参政権運動家とは、アメリカ愛国歌「リパブリック讃歌」の作詞者として知られる「ジュリア・ウォード・ハウ女史」です。

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出典:グレゴリウス工房

ですが、彼女の願い叶わず「母の日宣言」が平和の日として定着することはありませんでした。

しかし、彼女の意志は、同時期のアメリカにおけるある別の女性活動家によって受け継がれ、やがてカーネーションの習慣が生まれるきっかけへつながっていきます。

平和を願う記念日から母親への敬意と感謝の気持ちを伝える日へ

「ジュリア・ウォード・ハウ女史」の意志を受け継いだある女性運動家とはアメリカ・ヴァージニア州出身の「アン・ジャービス」です。

彼女は公衆衛生や社会的弱者のために活動するウェストヴァージニアの社会運動家でした。

アン・ジャービスジュリア・ウォード・ハウ女史の「母の日宣言」に影響を受け母親の立場から戦時中の負傷兵の治療や公衆衛生の改善等の活動に積極的に取り組み、南北戦争後には、分裂した北部州と南部州の平和的和解のために「母の友好日」などの平和活動を続けていました。

その意志は母から子へ

アン・ジャービスには二人の娘がいたのですが、その一人「アンナ・ジャービス」は母親の影響を受け、その活動をそばで支えてくれていました。

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しかし、アンナ・ジャービスが41歳の時に志半ばにしてアン・ジャービスが亡くなってしまいます。

その2年後の1907年5月の第2日曜日にアンナ・ジャービスが、母を追悼するためにフィラデルフィアの自宅に友人数人を招き、自分の母親の活動を振り返りつつ、母に敬意を表する国民的な日として「マザーズ・デイ」を設けるべきとの考えを友人らに明らかにしました。

アンナ・ジャービスは、ウェストヴァージニア州のグラフトンにある「アンドリュー・メソジスト教会」に、自分が思う「母の日」の構想について手紙を出します。

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その教会は、アン・ジャービスが20年以上もサンデー・スクールの教鞭を執っていた教会でもあり、彼女の長年の努力に敬意を表する意味も含めて「母の日」としての式典の実現を訴えかけました。

意志は引き継がれ願い叶いカーネーションが配られる

彼女の願いは1908年5月10日400名以上の母子を招き、最初の公式な母の日の式典がアンドリュー・メソジスト教会で執り行われました。

列席者には母親アン・ジャービスが好きだとされた「白いカーネーション」を配ったとされ、これが今の習慣につながったとされています。

最初の公式な母の日の式典を行ったアンドリュー・メソジスト教会は、今もなお「母の日」誕生の地として母の日の国際的な総本山的な扱いを受けています。

そして、その活動は次第にアメリカ全土に広まり、1914年には当時の大統領「ウィルソン大統領」のもと、「母の日」は、国民の祝日として制定されました。

たった一人の女性から始まった活動が、アメリカ全土を巻き込み国民の祝日となるなんてことが本当にあるんですね。

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白いカーネーション?定番は赤だけど・・・

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アンナ・ジャービスが「母の日」の活動として選んだカーネーションは「白色」でした。

ですが、生花店やカタログなどをみるとカーネーションの定番は赤ですよね?

実は色にも意味があります

アンナ・ジャービスは、母を想う追悼の意味を込めて、母が好きだったとされる白いカーネーションを選びました。

しかし、そこには「亡くなった母を偲ぶ」という意味が含まれていたんですね。

「母の日」が制定されてから、しばらくして、アンナ・ジャービスにより『母が健在な場合は赤』『母が亡くなっている場合は白』というのが提案され定番化されました。

赤いカーネーションが定番になった理由

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しかし、母がいない子供への配慮もあり次第に赤色に統一されることなりました。

「母の日」に贈る赤いカーネーションには、こういった背景があったということですが、本来は「健全な場合は赤」「亡くなっている場合は白」です。

今の「母の日」は健全な場合が主流になっていますが、母を想う追悼の意味を込めて白いカーネーションと手紙を添えて墓前に供えるのも素敵ですね。

墓前にカーネーションを供えるのは非常識と思っている人もいると思いますが全く非常識ではありませんので安心してください。

まとめ

これで「母の日」の由来とカーネーションを贈る意味が伝わったと思います。

毎年カーネーションだととは思わずにカーネーションと一緒に手紙を添えて送ることが一番の「母の日」だと思います。

恥ずかしく普段なかなか伝えられない「ありがとう」という気持ちをこの機会にちゃんと伝えてみてはいかがでしょうか。

何かを贈るのに悩む時間より感謝の気持ちを言葉にすることに時間を使ってください。

その感謝の気持ちが一番の贈り物なのですから・・・。

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