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ホテルニュージャパン火災原因と廃墟放置の理由!横井元社長の素顔は

      2016/02/29

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1982年2月ホテルニュージャパン火災

「2月8日午前3時24分頃」

東洋一の格式を謳い文句とした東京赤坂のホテルニュージャパンで火災が発生!

火の手はみるみるうちに広がり激しい炎が建物を包んだ。

そこには多くの宿泊が取り残され逃げ惑う地獄絵図と化した

だが、その燃え盛るホテルに潜入し撮影を行った勇敢な一人のカメラマンが居た

カメラマン「ここはスプリンクラー全然ないんですか?」

消防隊員「ない、基本的に全体にない」

また、大火災をもたらした大きな原因はホテルの安全対策を怠り金儲けを第一に考えた経営者横井元社長の経営方針人災ではないかという声も挙がった。

「9階の一部と10階の一部で止められましたことは誠に不幸中の幸いでございますが・・・」

その強引なやり方は「横井商法」と呼ばれ、遺族との補償交渉でもトラブルを招き続けた。

遺族「ふざせんじゃないよ!あの横井のクソ親父が20年も生きてると思うのか?バカヤロー!!」

火災後、廃墟のまま長きに渡って放置されつづけたホテルニュージャパンそれにはある理由があった!!

戦後最大級の火災事故ホテルニュージャパン火災事故を紐解く

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1982年はこんな年だった

  • 日本航空350便墜落事故
  • 500円紙幣に変わって500円硬貨が誕生
  • 芸能界はアミンの「待つわ」が大ヒット

ホテルニュージャパン火災の印象

今でも生々しく覚えている衝撃的な事件であったがホテルを経営してきた横井元社長の態度を重ね合わせていくとこの火災はある意味社長のキャラクターがもたらしたものそんな印象を持ち続けて今に至る。

2月8日午前3時24分頃東京赤坂のホテルで火災が発生

燃えさかる建物に潜入し決死の撮影を行った1人のカメラマンがいた!

元TBSカメラマン 田中穣(たなかみのる)さん。

田中穣さんはこう語る

こんな大火なんて初めてだからひざが笑っちゃったブルった

それでも田中カメラマンは無我夢中でカメラを回し火の手の上がる9階へ潜入

ガスボンベ(酸素)もないし煙は充満してるし入ったら一発でやられるそんな「すごい煙」

それでも、なお奥に進むと無残に焼け焦げた真っ黒な部屋や廊下東洋一の格式とはほど遠い変わり果てた姿

結果33人が亡くなる大参事になったにも関わらず横井元社長はこんなコメントを発言。

「9階の一部と10階の一部で止められましたことは誠に不幸中の幸いでございますが・・・」

鎮火までに9時間!火事の原因は?

火事の原因は9階に宿泊していたイギリス人の「寝たばこ」

これだけの人が亡くなって不幸中の幸いって言い方はありえない。

しかし、火災後55日にある1人の記者が横井元社長に取材を電話依頼まさか本人は応じるとは思っていなかったがそれに応じた。

その取材ではいつもの様にニコニコしながら、全然落ち込んでもいず、寧ろうちは被害者で赤坂プリンスホテルがやられてたと発言する始末。

赤坂プリンスホテルに宿泊を断られたイギリス人の客がホテルニュージャパンに宿泊、このイギリス人の「寝たばこ」が火事の原因といわれている。

しかし、横井元社長の言葉はおかしい赤坂プリンスホテルで万が一事故が起こったとしてもこんな大事故にはならない。

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ホテルニュージャパンだから起こった他のホテルにはないある特徴があった!

ホテルニュージャパンは1960年に東洋一の格式を謳い文句にオープン、それを1979年に横井元社長が買収。

利益を最優先としたホテルへ変化させた

敷地の地下には高級クラブ「ニューラテンクウォーター」があり、1963年には力道山が暴力団に刺されるという事件も発生、何かと事件の多いホテルである。

当時は、週刊誌の記者はニュージャパン通いが当たり前であり、そこに行けばいろんな人がいた。そこは半分が事務所だったからだ。

ホテルニュージャパンはもともと藤山コンツェルンの藤山愛一郎総師によって建てられたが経営が思わしくない状態になり1979年に横井元社長が買収する。

受け継いだ横井元社長は同じような経営ではダメだから経費をめちゃくちゃに下げれば経営が成り立つと考えた。

どうしてそんな赤字の流行らないホテルを横井元社長は買収したのか?

ホテルとしては落ち目だったが横井元社長にとっては華の舞台である。

あの一等地にこんなホテルが持てる、藤山コンツェルンが持ってた最高の物を受け継いだ、俺はこれで世間的に認められたという象徴として欲しがったためだ。

横井元社長はホテルニュージャパン以外にも親会社にも興味を持っていた。

横井元社長の父親は酔っ払い、道の真ん中に寝転がって人が通れないようにして通るなら金をくれという父親を見て育った。

そんな父親をみて育ったためお酒だけは一滴も飲まなかった、その代わりに甘いものが大好き。

喫茶店に行ってはテーブルに置いてある砂糖を全部コーヒーや紅茶に入れてちょびちょび飲む。

「理由は砂糖はタダだから」

それほどまでに砂糖に興味を持っていて砂糖会社の株を購入するほど。

その時、たまたま藤山コンツェルンの保有する砂糖会社の株を購入。

その縁で初めからホテルを狙ったわけではなく砂糖から入り砂糖は儲かる俺が好きだからみんな儲かる。それがいい買い物だった。

砂糖の株と交換でホテル買収に踏み切った。

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